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僕の心の言の葉。

短い自作小説、作文のブログです。多くの人に言葉が届いてくれたら嬉しいです。

『花粉病』1話

 時は2×××年。現在の地球では科学や医療が発展し、機械化や自動化が過去の人々が頭に描いたものが現実となっていた。そのため、人類の寿命はさらに延び高齢化がより問題となるだろうと思われた。しかしである。そうはならなかった。勿論先述したように医療は発展し、脳に関するもの、心臓に関するもの、これまで難病と言われていたものの特効薬が次々と開発された。先程の言葉を少し訂正しよう。人類の寿命は少なからず延びた。しかし平均寿命は変わらなかった。発展途上国は医療の普及により特に大幅な進歩を遂げた。その分寿命を下げた国がある。その国こそ、何を隠そう日本なのである…。これは、私たちが大きな脅威と戦うことを後世に伝えたいが故の物語なのだ。

 それは突然のニュースだった。
「花粉症により子供が死亡。」
花粉症ということで、世間でもそこそこ大きく取り上げられた。花粉症というのは所謂アレルギーである。死因は強度のアナフィラキシーショック。つまり蜂の毒などで死んでしまうのと同じ原因とのことだった。しかし、蜂に刺されるのとは訳が違う。この文を読んでいる貴方にも考えてみて欲しい。蜂に刺された事がある人と、花粉症の人はどちらの方が多いか。多くを語るまでもない。明らかに後者なのである。
この地獄の始まりとも言える事例から今に至るまでの話をしよう。子供が死亡してから半年感は何も無かった。何も無かったというのは、良いことではない。寧ろ私達の意識からその事が消え去って行くのには十分過ぎたのだ。今考えるとこの間に花粉は更に力を強めていたのかもしれない。

 そして忘れもしない、20××年。花粉によるアナフィラキシーショックで各地で人が倒れた。花粉症と言うと症状として思い起こすのは鼻水と目などの痒みが思い当たるのがこれまでだった。…倒れた人たちは鼻水の代わりに血を流した。目を掻けば血涙が流れた。死因がアナフィラキシーショックと共に失血死が加わったのである。
 そこから目まぐるしい人と花粉との戦いが始まった。毎日、人が血を流しながら次々と倒れた。今までの薬では気休めにしかならなかった。花粉予防が国から推奨され、花粉症は花粉病と名を変えた。被害が減少はしていったものの、この頃から私達は春先の日中への外出を奪われた。お花見が自殺方法に加わったのもこの頃だろうか。花粉対策グッズの売り上げと北海道を始めとする花粉が少ない地域への移住がブームとなった。

 

 

続く。

あとがき:読んで頂きありがとうございます!察して頂けるかも知れませんが、所謂ちゃんとした小説としてのシリーズものをスタートさせて頂きます。精一杯描かせて頂きますのでよろしくお願いします。それではまた別の文章、そして第2話で!